空気による支配 どうやったら終わるのか

日記

こんにちは。

ぴんころ研究所のかずきです。

 

空気を読む、空気を読まない、

人ではなく空気による支配。

 

コロナウイルスが蔓延しだした、

2020年からの日本の混乱ぶりを見ていると、

空気による支配、

空気によって始まったものは、

終わり方が難しいと痛感します。

空気による支配

空気というのは、

内側から自然発生的に生じるものなので、

何となく始まって、

大多数の人がおかしいと言わない限り、

永久に続くように思います。

 

第7波と言われる今回のコロナ騒動でも、

まだコロナウイルスについて、

何も分からなかった初期の対応と、

ほとんど変わらないことをし続けています。

やっていることに意味があるのかないのか、

ということを検証することなく、

ただ慣例だから行っているという感じです。

 

この2年間で様々な弊害が出ているのに、

「特措法」を根拠に対応する官庁。

利権化したPCR検査を受けさせるため、

検査の呼び込みをしたり、

検査を受けた人に商品券を配るという疑問。

身体の不調の有無に関わらず、

陽性判定になった人への一律の対応。

店舗に入る際の手指の消毒や、

(言葉を発する機会すらないところでの)

マスク着用のお願い。

公園で周りに誰も居ないのに、

炎天下で自らマスクをしている人。

 

おそらく多くの人が、

こんなことして意味あるのかな、

と感じていると思います。

そう感じていても、

自分だけやめる訳にはいかない。

つまるところ、

誰か、責任のある立場の人が、

思い切った決断をしなければ、

何も変わらないのかもしれません。

空気による支配は暴走する

日本が太平洋戦争に至ったのは、

軍部の暴走と言われていますが、

これもひとえに空気による支配、

空気の膨張・暴走です。

場を支配する空気が暴走すると、

外部からの大きな圧力が加わらない限り、

その流れに抗うのは、

かなりの至難の業です。

空気をコントロールすることは、

人間をコントロールするのとは、

わけが違います。

 

コロナ騒動の初期に話題となった

自粛警察、

これなどまさにその典型ですよね。

そもそも、

やっている本人たちにとっては、

正義の行動ですから、

たちが悪いです。

まとめ

コロナの感染初期に、

欧米を中心に広がった、

大幅な行動規制を伴うロックダウン、

というものを日本は行いませんでした。

 

ロックダウンをしなくても、

コロナによる死者は非常に少なく、

日本が成功例ともてはやされた時期もあります。

もしかしたら、今もそうかも知れません。

 

現在の状況を見て、

果たしてそう言えるのでしょうか。

コロナによる死者を出さない、

という点では成功なのかもしれませんが、

日常の生活に戻すという点においては、

日本は失敗したと言わざるをえません。

なぜなら、

アメリカやヨーロッパをはじめ多くの国では、

コロナと共存する道を選び、

(ある程度の犠牲は覚悟して)

マスクもせずに通常の生活に戻っています。

かたや日本は相変わらずどこに行くにもマスクをして、

効果があるのかないのかはっきり判然としない、

感染者の数を毎日発表して、

過剰な対応を繰り返しています。

 

一時的な痛みを承知で、

決断すべきときに必要な決断をして、

一定期間のロックダウンをした国。

誰も責任を取りたくないので、

リスクを避けて、

空気に委ねた国。

この差が今になって明確になってきています。

リスクをとるべきにリスクを取らないと、

一向に前にすすむことができません。

 

私達ぴんころ研究所は、

自分の人生を生ききるために、

自分にとって必要な行動は、

自分の頭で考えて、

行動していきたいと思います。

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